「ゾーン」が起こる心と脳のメカニズム
能力を最大に発揮できる「ゾーン」体験はどのように起こるものなのでしょうか。その秘密を解く鍵は「無意識の情報処理」にあります。
今、あなたには、どんな音が聞こえていますか?今、あなたは、どんな匂いを感じますか?目を閉じて、音や匂いに注意を向けてみてください。途端に、耳は研ぎ澄まされ、換気扇が回っている音や、空調の室外機の音なども聞こえてくるかもしれません。先ほど手を洗った時に使った石鹸の匂いが感じられるかもしれません。
これらの音や匂いは、今、気づいたように思われるかもしれません。実はそれ以前から、それらの感覚は存在していましたが、無意識的に処理されていたのです。
ただ、あなたはこの文章を読むのに「集中」していたために、これらの感覚を意識することはありませんでした。脳は五感などを通して多くの情報を受け取っています。でも、全ての情報を意識的に処理できているわけではないのです。私たちが意識的に処理できる情報には限界があります。
しかし、無意識に処理している情報の多くこそ、瞬間的な動きが求められるスポーツを行う上では、非常に大切です。スポーツを行っている時、私たちは、視覚、聴覚、触覚からの情報を瞬間的に処理し、筋肉を適切に動かします。
ボールの高さや速度、チームメイトの動き、風や湿度の状態、力の入れ加減、走る速度…スポーツによって、感じ取るべき情報はさまざまですが、自分の内部と外部の状況を鋭敏に感じ取り、それらの情報を瞬間的に処理して体を動かしているのです。
繰り返しの練習によって、あなたの脳は、それらの情報を瞬間的に処理して、自動的に体を動かせるようになっているのです。
このような不安や緊張などがひき起こす余計な情報処理を少なくし、身体感覚に極度に集中できていると、体が直感的に動くことができ、的確で素早い「いい動き」をしてくれます。これが「ゾーン」体験というわけです。「ゾーン」体験ではしばしば心が体に一致した感覚、が語られますが、まさに、心と体が究極的に統一した状態といえるのです。
バスケットボールは、電光石火の速さで一つの目的物から別の目的物へ移ることを要求される複雑なダンスである。他をしのぐには、落ち着いた心で行動し、コートにいる全ての人がやっていることに完全に集中することが必要である。運動選手の中には、この主の精神状態を「集中ゾーン」と呼ぶ人もいる。(中略)
秘訣は、考えないことだ。と言っても、馬鹿になるのではない。とめどなく次から次へと浮かぶ考えを鎮めて、自分の体が、頭に邪魔されることなく、やるように訓練されてきたことを本能的にできるようにするという意味だ。
『シカゴ・ブルズ 勝利への意識革命』
フィル・ジャクソン(PHP研究所)
秘訣は考えないこと。さすがに、シカゴ・ブルズだけでなく、LA・レイカースの黄金時代を築いたカリスマヘッドコーチは、大切なポイントを見抜いていたようです。
「ゾーン」が起こるには条件がある
ゾーンが起こるには、条件がいくつかありますが、その中で最も重要な条件がプレッシャーです。あなたの能力と挑戦レベルに見合った適度なプレッシャーがなければ、ゾーンは起こりません。
プロ野球選手が、ファンとのふれあい野球大会で、ゾーンを体験することは、まずありません。能力に対して挑戦レベルが低く、プレッシャーが低すぎるからです。
また反対に、これまで1回戦敗退を繰り返していたテニス選手が、県予選でゾーンを体験して、いきなり優勝してしまったということもありえません。それは、まったく実力の伴わない受験生が、東大を受けてみたら、ゾーンを体験して合格してしまった!ということがありえないのと同じです。
能力に対して挑戦するレベルが高すぎてプレッシャーが大きすぎるからです。
下図のように、挑戦課題に対して能力が高すぎる場合には、それは退屈なものになります。反対に、挑戦課題に対して能力が低すぎると、それはプレッシャー(不安)にしかなりません。
つまり、能力よりも上の挑戦レベルになければ、ゾーンは起こらないのです。ゾーンは、能力と挑戦レベルが見合って、強いプレッシャーが発生したときに起こるものなのです。
ストレス反応とはプレッシャーが生みだすエネルギーです。プレッシャーが高ければ高いほど、高いエネルギーが生み出されます。そして、そのエネルギーを完全にコントロールして使うことができたとき、私たちは最高の力を発揮できるゾーンを体験するのです。